大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和38年(ネ)1533号 判決

控訴人 田中石松

被控訴人 亡安田慶司訴訟承継人 安田慶三

主文

原判決中控訴人敗訴の部分を取消す。

被控訴人の請求を棄却する。

訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の事実上の主張、証拠の提出援用認否は、

控訴代理人において、

「(一) 被控訴人主張の分筆届出、受理には仮換地分筆の効果がない。即ち、本件仮換地の指定は、従前の土地たる大阪市天王寺区小橋東之町四三番地の一宅地二七坪五合二勺(以下旧四三の一と称する)、同町四五番地の一、宅地一三坪三合四勺(以下旧四五の一と称する)、同町四六番地の二、宅地三六坪(以下旧四六の二と称する)の三筆を合して、控訴人賃借中の土地を含む六一坪九合五勺の土地に指定がなされたものであるところ、右指定後において従前の土地の譲受人である被控訴人先代亡安田慶司と訴外深田弘一が協定して右仮換地の分筆を届出たのであるが、元来仮換地の指定を受けた者は仮換地の所有権そのものを取得するのではないから、仮換地の分筆と言うこと自体理解することが出来ない。のみならず、仮換地分筆と同様の効果を発生せしめるためには、土地区画整理法第九七条の規定に則つて換地計画の変更手続を必要とするものであり、単に施行者が分筆届を受理したのみでは右の如き効果は発生しない。

ただ、慶司と深田との共同使用関係にある本件仮換地について、両者がその使用部分を便宜協定したのであれば、換地関係以外の約束として右両者間においては有効かも知れないが、控訴人はその後深田から同人所有の従前の土地旧四三の一の殆ど全部(二七坪五合二勺のうち二五坪四合三勺)を買受けて所有権を取得したから、慶司と深田との協定は控訴人を拘束せず、結局本件仮換地六一坪九合五勺は、現在控訴人、被控訴人、及び深田の共同使用に供されているものである。

従つて、被控訴人が明渡を求める土地は、被控訴人のみが使用収益権を有するものではなく、よつてこれを前提とする本訴請求は失当である。

(二) 仮に然らずとしても被控訴人主張の分筆の結果たる一四二ブロツクの五の二が、控訴人賃借中の旧四三の一、四三の二の一部に該当することについては、証拠上明確ではない。

(三) 仮に然らずとしても、慶司は本件土地上に売主の所有でない建物が存在することを知りつゝ買受けたものであるから、買受価格に対する適正な利潤に相当する賃料で建物所有者と賃貸借契約を継続する意思を有していたとみるべきであり、従つて慶司が土地所有権を取得すると同時に、前主柳と同様控訴人が本件土地を使用することを黙示的に承認したものである。

(四) 仮に然らずとしても、本件明渡請求は権利の濫用である。

(1)  本件仮換地の従前の土地中、旧四五の一、旧四六の二は元来空地であり、旧四三の一は控訴人賃借中で同所有の建物が存在していたところ、仮換地指定当時右三筆はいずれも同一所有者に属していたので、施行者である大阪市ではこれ等土地使用状況を勘案し、地上建物が換地計画によつて移転ないし除去を余儀なくされることのない様配慮した結果右三筆を合して一個の仮換地の指定をなしたものであり、かような仮換地指定の経緯は慶司及び被控訴人において容易に察知し得たところであり、且つこれを尊重すべきものである。しかも、控訴人は仮換地指定後昭和三二年四月まで七年間の長期にわたり従前の土地所有者たる訴外柳敏子ほか四名に土地賃料の支払を継続して来たのであり、殊に仮換地指定後である昭和二六年頃には柳等から本件土地の北側部分を借増しており、仮換地指定後も柳等に対して賃借権を有していたことが明白である。(控訴人が賃借権の届出をしなかつたことは施行者たる市に対抗し得ないに過ぎず、賃借権を放棄したことにはならない)然るに慶司は、控訴人の賃借権及びこれに基く建物の存在を知悉し乍ら、柳等から旧四五の一、旧四六の二を買受けたものである。

(2)  慶司は本件土地を坪当り金一万円以下で買受取得しているが(柳敏子の証言)、右買受当時の時価は少くとも坪当り金七万円を下らず(甲第七号証)、従つて慶司は明渡訴訟の結果巨利を博する目的を以て、異常な低額で投機的買受をなしたものである。

控訴人は昭和二三年に本件土地を賃借して以来、同所で小供用乗物の製作販売を営み同所を生活維持の唯一の基盤としているのに対し、被控訴人は生活の本拠を他に有し上本町六丁目に店舗をかまえており、単に通勤の便のため本件土地を必要とすると言うのであるから、その必要性は控訴人に比較して極めて低く、更に後日紛議を予想される本件土地を殊更買受けずとも、他に方途があつた筈である。(仮に慶司の買受の目的が住宅確保のためであつたとしても、被控訴人は昭和二八年二月二日本籍地橿原市から大阪市天王寺区東平野町に転入し、同所で同人所有の土地家屋に居住して衛生材料の販売を営んでおり、他に何等住宅を必要としない状態である。)

(3)  以上の事実に徴すると、被控訴人の本件明渡請求は正に権利の濫用として排斥さるべきである。

(五) なお、(イ)本件仮換地の従前の土地中深田の買受けた土地については、深田は控訴人の賃借権を承認している。(ロ)又、控訴人は被控訴人に対し昭和三二年五月から同三九年三月分まで一ケ月金一、五九二円の割合による金員合計金一三二、一三六円を、昭和三九年四月二二日大阪法務局に弁済供託した。」と陳述し、

被控訴代理人において、

「(一) 元来賃借権等何等負担のなかつた従前の土地が、仮換地指定により仮換地地上にあつた建物の賃借権をかぶつて負担付の土地になるいわれは全然ない。又控訴人の賃借土地中、北側約一〇坪部分については柳等との間において既に解除済であり、控訴人が柳等に支払つていた賃料は旧四三の一、旧四三の二に対するものであるから、仮換地指定後においても柳等が右賃料を収受するのは当然である。

(二) 本件明渡請求は権利の濫用ではない。

即ち、本件明渡請求は、賃借権の対抗力の問題乃至はそれに関連する権利濫用の問題とはかゝわりなく、仮換地指定による使用収益権の得喪(行政処分の結果に由来する)を原因として明渡を求めるものであるから、控訴人の主張はすべて失当である。のみならず、控訴人は本件土地の向い側市電通りに面して店舗居宅を別に有しており、本件係争地を明渡すことにより生活に支障を来すものではない。これに対し被控訴人は、昭和三七年一月上本町六丁目の借店舗を火災により焼失し、その後橿原市の居宅を売却して昭和三七年二月天王寺区真法院町に移転し、更にこれを売却して昭和三八年五月天王寺区東平野町に約一二坪の居宅を買求め、同所で家族と共に居住し生理帯営業を細々と行つているが、家屋は甚だ狭隘である。従つて控訴人の不法占拠を忍受しなければならない事情は全く存しない。又土地購入価格の高低は本件明渡請求に何等関連がなく、仮に坪二万円の購入価格が更地の取引価格に比較して若干低いとしても、その後に明渡の問題をかかえている土地の価格としては当然のことである。

(三) 控訴人主張の(五)の(イ)の事実は認める。」と陳述し、

証拠〈省略〉……認めたほか、原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

理由

被控訴人主張の請求原因事実中、原判決事実摘示記載一、二、三、五の各事実は、当事者間に争がない。

被控訴人は、従前の土地たる旧四三の一、旧四五の一、旧四六の二、以上三筆の換地予定地(以下仮換地と称する)が、昭和三三年六月二日分筆され、旧四五の一、旧四六の二に対応する仮換地部分が大阪市天王寺区小橋味原工区一四二ブロツクの五の二(原判決添付図面(イ)(ロ)(ハ)(ニ)を以て囲む部分を含む)となり、よつて亡安田慶司は右一四二ブロツクの五の二の土地につき独立して使用収益権を取得した旨主張するので判断する。

先ず成立に争のない甲第五、六号証によれば、亡安田慶司は昭和三三年六月二日訴外深田弘一(別名深田親導)との連名をもつて、大阪市長に対し、旧四三の一(深田所有地)、旧四五の一、旧四六の二(以上慶司所有地)の合同仮換地たる一四二ブロツクの五、六一坪九合五勺の土地につき、これを一四二ブロツクの五の一、面積二二坪一合六勺(深田の使用収益すべき部分)と同五の二、面積三九坪七合九勺(慶司の使用収益すべき部分)とに分筆したき旨の分筆願(図面添付)を提出し、同日右書類の受理がなされ、同年六月一一日大阪市計画局長は、旧四五の一、旧四六の二の仮換地が一四二ブロツク五の一(五の二の誤記と思われる)地積三九坪七合九勺に該当する旨の証明書を発行していることが認められる。

そこで、右の如き仮換地分筆願の提出、受理が、被控訴人主張の如き仮換地の分筆(使用収益権の分割)の効果をもたらすものであるか否かについて検討する。

前記当事者間に争のない事実によれば、元来本件仮換地(一四二ブロツクの五、面積六一坪九合五勺)の指定は、いずれも亡柳広之の相続人柳敏子外四名所有に係る従前の土地たる旧四三の一、旧四五の一、旧四六の二の三筆につき合同して一地区を仮換地として指定がなされ、右指定により従前の土地の所有者たる柳敏子等は右仮換地につき使用収益権を取得(但し使用開始日の点についての判断はしばらく措く)したものであるが、その後右三筆の土地のうち、旧四三の一を深田が、旧四五の一、旧四六の二を慶司が、夫々所有権を取得するに至つたのであるから、深田及び慶司は右所有権取得により本件仮換地につき夫々使用収益権を取得したものである。ところが本件仮換地は前記のとおり従前の土地三筆について合同して一地区の指定がなされたものであり、三筆の従前の土地のうち各筆に対応する使用収益の区分範囲は特に指定されていなかつたのであるから、慶司及び深田は仮換地六一坪九合五勺全部につき共同して使用収益をなし得る権能を取得したものと言わねばならない。

かゝる状態にある場合、共同使用収益権者の一方が、本換地(換地処分の公告)に至るまでの間において、土地区画整理法上単独で仮換地の一部(特定部分)を区画し、これを専用して使用収益権を行使し得るためには、土地区画整理法に基く法定の手続を経て施行者が仮換地の指定の変更処分をなし、従前の土地所有者に対して仮換地指定変更の通知がなされて初めて可能となるものである。けだし、仮換地の指定に基いて従前の土地所有者に付与される土地使用収益権は、私法上の原因に基いて発生する法律効果ではなく、施行者の行う仮換地の指定処分なる公法上の行為によつて土地区画整理法第九九条第一項(旧特別都市計画法第一四条第一項)に基き付与されるものであり、従つて仮換地上の使用収益権の得喪変更は、土地区画整理法第一二九条の場合を除き、すべて土地区画整理法所定の手続を経るを要するからである。

そして、慶司、深田等がなした本件分筆願の届出が土地区画整理法上何等の根拠を有するものではないこと、大阪市のなした右分筆願の受理及び前記証明書の発布が、同法に基く仮換地指定の変更処分に該当しないことは勿論であり、(当裁判所が真正に成立したものと認める乙第一六号証の一、成立に争のない同号証の二によれば、建設省計画局区画整理課の見解としても、かゝる分筆願には土地区画整理法上何等の効果を有するものではないとしている。)証人和田新三郎の証言によれば、従来大阪市においては本件の様な分筆願の提出があつた場合、市が土地区画整理の目的に反すると判断したときに限りこれを返却し、その他の場合は単純にこれを受理する取扱をしていたのであるが、右受理は何等区画整理上の行政処分の性質を有するものではなく、単に将来本換地処分をするについて一応の目安を得る便宜のために、当事者の任意申告による一つの行政指導として受付なる事実行為をしていたに過ぎないことが認められる。

従つて、慶司が本件分筆願を提出しこれを受理されたことにより、被控訴人主張の如き仮換地の分筆の効果が発生し慶司が本件係争地につき土地区画整理法上単独で使用収益し得る権能を取得したものとは、到底認めることが出来ない。尤も、一個の仮換地につき共同して使用収益権を有する両当事者が、各自独立して使用収益をすべき範囲を当事者間において任意に協定することは、私人間の権利関係の配分調整として固より自由であり、右の如き協定は私法上の契約として協定当事者間においては勿論有効である。従つて、慶司と深田とが本件分筆願の提出にあたり、仮換地のうち慶司のみが本件係争地部分を専用して使用収益権を行使する旨を協定したとすれば、右協定はその当事者たる両者間においては私法上の拘束力を有するものと言わねばならないが、他面第三者に対する関係において、慶司が本件係争地の所有権に準じた使用収益権(土地区画整理法上の規定に基いて付与される権能)を独占行使し得るためには、当該土地について慶司一人のためにする仮換地の指定ないし指定の変更処分があることを必要とし、かような処分を伴わない慶司と深田との間の私法上の協定(この分割協定は、本件係争地について他の共同権利者よりの持分権利譲受行為たるの性質を持つ)は、右協定に参加していない第三者たる控訴人に対し同人がその目的土地につき正当な利益を有する場合には、これに対し何等の効力を及ぼすものではない。なお、成立に争のない乙第一九号証によれば、控訴人は昭和三七年八月一五日深田から、旧四三の一の土地二七坪五合二勺のうち、二、七五二分の二、五四二の共有持分を買受け取得し、同月一六日その旨の所有権移転登記を経由したことが認められるが、元来控訴人は前記協定には何等関与していないのであるから、右買受けによつて慶司、深田間の協定の拘束を受けるいわれはない。

尤も慶司は本件仮換地の従前の土地の一部を買受けたことにより本件仮換地の全部につき深田と共同して使用収益権を保有するに至つたのであるから、使用収益権の共有者たる地位を取得したものであり、従つて、仮換地上の不法占拠者に対しては土地共有者のなす保存行為に準じて、慶司単独で妨害排除を求め得る筋合であるが、控訴人はかような単なる不法占拠者ないし無権利者には該当せず、即ち、控訴人が本件仮換地の従前の土地中旧四三の一の土地につき元所有者柳広之から賃借権の設定を受けていたこと、及び旧四三の一の土地の買受人たる深田においても控訴人の右賃借権を承認していたことは当事者間に争がないのであるから、控訴人は、少くとも深田に対する関係で、同人の共有権の目的物全部(本件仮換地全部)にわたる持分使用収益権を目的とする賃借人であると認むべく、未だ従前の各個の土地に対応する仮換地の指定の変更処分ないし本件本換地の指定がなされておらず従つて右賃借権の対象が本件仮換地の全部にわたる以上は、他の共同使用収益権者たる慶司に対する関係においても、慶司が控訴人を不法占拠者として、共有者の保存行為に準じて妨害排除請求をすることは許されず、また前記深田との協定に基く専用権を以てしても、かゝる地位にある控訴人に対し対抗することはできないものと言わねばならない。

以上により被控訴人の本訴請求はその余の点につき判断するまでもなく全部理由がないので、これを一部認容した原判決中控訴人敗訴部分を取消し、被控訴人の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九六条、第八九条を適用の上、主文のとおり判決する。

(裁判官 岡垣久晃 宮川種一郎 奥村正策)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例